洋風堂のあんぱんを知っていますか(谷 亜由子)
小振りで可愛らしく、甘さも素朴なあんぱんは、かつて豊橋駅のホームのキオスクで売られていた隠れた名物だったが、今はもう味わうことができないのが残念だ。
大正5年創業のパンとケーキのお店、「洋風堂」。旧国鉄時代には駅で手売りされていたというあんぱんは、昭和29年に二代目にあたる亡きご主人のもとに嫁いだ、高瀬志げこさん手作りの味。生地をこね、前日に炊いたあんこが冷めるのを待ってから詰めるという作業を、毎日続けてきたそうだ。80歳を過ぎるまで健康そのものだった志げこさんだが、3年前に突然の病で入院。退院後に店に戻ると、ケーキ担当の息子さんがパン作りの道具をすべて処分していた。母の体を案じてのことだった。心残りはあったが、息子に心配はかけまいと潔く引退。
多くのファンから「今でも手紙や電話をもらうだよ」と、元気に笑う顔が誇らしげだ。あの味を懐かしむファンや一度味わってみたかったという人たちと、志げこさんを囲んで幻の味を復刻する活動をぜひ実現したい。
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