第29回丸山薫賞選考委員会は本年9月2日(金曜日)、豊橋市役所内で3年振りに対面で実施されました。コロナの感染拡大が続いている中、予定通り実施できるかどうか危惧されましたが、緊急事態宣言等が発令されることなく、無事に対面で行うことができました。
選考委員は以倉紘平、新藤凉子、高階杞一、高橋順子、八木幹夫の5名。内、新藤委員は体調不良のため欠席、書面での参加となりました。
事前に候補詩集として挙げられたのは以下の6冊(並びは詩集名の50音順)。
阿部はるみ『からすのえんどう』(書肆山田)
松下育男『コーヒーに砂糖は入れない』(思潮社)
秋亜綺羅『十二歳の少年は十七歳になった』(思潮社)
田村雅之『瑞鳥』(砂子屋書房)
長田典子『ふづくら幻影』(思潮社)
山田兼士『冥府の朝』(澪標)
まず候補6詩集について各委員が順に意見を述べていき、一巡したところで阿部はるみ、松下育男、山田兼士3氏の詩集に絞られた。この後この3詩集についてさらに討議を重ねていった。
阿部詩集『からすのえんどう』は日常の風景を描きながら自在に時間や空間が飛翔する。そこにこの詩集の魅力があり、散文では描けない世界が構築されている。またどの作品にも工芸の名器のような格調の高さが窺える。そうした評価の一方、詩としての深みがなく物足りない、という意見もあった。
松下詩集『コーヒーに砂糖は入れない』は18年振りの新詩集。これまでの詩集との違いは連番を附した長篇が多いこと。全16篇中、特に長い4篇だけで全体の半分(50ページ)ほどを占めている。意識の流れに沿った著者の新しいスタイルだが、このような長いものが詩と言えるのかという否定的意見が出、それに対し、長くてもいいものはあるという反論もなされたが、この両者の溝は容易に埋まらなかった。内容的には遠い日々への郷愁の色が濃く、難解な詩が多い中でこのように読み手の心にスッと入ってくる詩は貴重であるという意見もあった。
山田兼士『冥府の朝』は、2019年10月に突然高熱を発し、2ヶ月ほど意識不明の状態に陥りながらも、奇跡的に生還した体験を描いた詩集で、「冥府詩篇」「疾中詩篇」「再生詩篇」の3章から成っている。中でも臨死体験とも言える状況を描いた「冥府詩篇」は夢と現が交錯した世界を描き、こうした体験をした者でないと書けない詩だと評価された。その一方で、全体には日録ふうで、詩としてはどうかという意見も出た。
以上のような意見が交わされる中、なかなか1冊に絞ることができず、最後は投票で決めることになった。『からすのえんどう』が2票、『コーヒーに砂糖は入れない』『冥府の朝』がそれぞれ1票で、結果、『からすのえんどう』を授賞作とすることに決定した。
余談ながら、選考委員会で初めて阿部氏の年齢を知り、驚かされた。その詩の若々しい感性から40代ぐらいの方かと思っていただけに、83歳という年齢は意外だった。「千年があっという間に過ぎる/荷物をあみ棚に乗せたまま」(「棚上げ」ラスト)。深みがないという意見もあったが、年齢を知れば、ここに人生を長く経てきた人こそ書きうる深みを知ることができるのではなかろうか。(文中敬称略)
(選考委員 高階杞一 記)
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